昨日学生時代(鍼灸学校)にお世話になっていた先生の追悼会(??)、と言っても飲み会なのですが、に行って来ました。

学生時代(鍼灸学校)は学校が東洋医学一辺倒(東洋医学の定義も難しいのですが)だったので、人のつながりもそういう関係の人が多かったです。

卒業後はいろいろ変化があり、入学前からベースとしていた解剖・生理学に身体を全体的に見る(この辺りが東洋医学的かな??)観点を加味して施術を行っています。

学生時代にお世話になっていたこの先生は、「気の治療」というのを掲げて治療していました。
正直私は当時ほとんど「気」を感じることはできなかったのですが、同じ所に通っていた人達(学生や患者さん)で、「身体をかけめぐる感じ」を体感していた人もいたので、「気」というかそういうものの存在はあると思います。

席には鍼灸のベテランの先生も多くいらしたのですが、学生のときとやり方を変えてしまっていたので、何となく何を話せばいいのかも分からず、同級生と話したりしてました。

その会の責任者さん(先生の弟子)の計らいで、弟子が先生に習った独自の鍼灸法を先生の昔の仲間であるベテランの先生に見てもらおうとのことで、その場で施術が始まりました。

あー、こんな施術法あったなー、と今は使っていない懐かしの鍼灸法を見ながら、当時見えなかった部分が少し見えるようになったのを感じました。

あっ先生が言っていた「気の治療」ってこういうことがベースになっていたんだな、とか学生時代より少し理解できた気がしました。

ちなみに鍼灸の方法ですが、はりを全く刺さずに皮膚の上で動かすだけ、ただテープで皮膚に貼るだけ、叩くだけ、と通常の鍼灸学校で教わる内容と比べると内容がやや飛んでいる感じです。

当時はよく分からないけどやっていた感じで、よく分からないから今も使ってませんでしたが、今は少し分かる気がします。

今臨床で若干ぶつかっていた壁があったのですが、それを取り払うヒントにもなりました。こういうめぐりあいがあるものです。

口がうまかったり、要領がよかったりという先生でなく、どちらかというと純粋で一本気な先生でしたが、人柄はすばらしい先生でした。逝去後にも多数の人から慕われていたことからもそれがよく分かります。

もちろん技術もすごく、当時は使わなくなっていましたが、とても太くて長い鍼をやすやすと刺していたりしました。

そして今書いてきた「気の治療」。あれは本当にすごいと思います。当時は分かりませんでしたがすごいです。ただそのすごさというのは非常に分かりにくいもので、それを分かりやすく説明・体感できる技術があれば、世に知られていたのかな、と思ったりしました。そういうことを望む方ではないとは思いますが。

先生の心からご冥福をお祈りいたしたいと思います。